後遺症を知る

複雑性PTSDとは

複雑性PTSDとは

これまでのPTSDの診断基準に当てはまらない、長い間くり返されるような家庭内での虐待やDV、組織的な暴力などを経験した結果として起きる心的外傷後ストレス障害を、複雑性PTSD(CPTSD)と呼びます。1992年にアメリカの精神科医であるジュディス・ハーマンが著書で提唱しましたが、2018年のICD‐11で初めて診断名に加わり、日本でも近年になって診断されるようになりました。幼少期の親のDVを見て育った経験や、様々な原因による養育者の余裕のなさやメンタル不調などもCPTSDの要因になるとされており、多くの人に発生しうる病態と言われています。

複雑性PTSDの特徴となる症状

症状としては、フラッシュバックや悪夢などの再体験症状、トラウマとなる出来事を考えることや想起させる状況や人物の回避、過度な警戒心を抱いたり、持続的にいまも脅威が高まっていると感じて些細なできごとにも過剰に驚愕するような脅威の感覚(覚醒亢進症状)の、従来のPTSDと共通する症状に加え、自己組織化の障害(DSO)と呼ばれる以下の3つの症状が診断要件となっています。

・感情制御困難

ささいなストレス因に対して動揺し、そこから回復することが難しいことや、激しく怒りが爆発すること。逆に感情が麻痺したり、喜びなどの陽性感情が湧きにくくなること、あるいは、ストレス下で解離したり、低活動になる傾向にあること。

・否定的自己概念

自分自身が価値のないものに普段から感じられ、それに伴い、恥や自責の念、挫折感を持っていること。

・対人関係困難

他者に親近感を持ったり、他者と良好な人間関係を維持したりすることの難しいこと。あるいは、対人関係を避けたり、人間関係に葛藤が生じたときにすぐに関係を絶とうとすること。

 子ども時代のくり返される虐待やネグレクト、DVや暴言、暴力の日常的な目撃などが原因となっている場合は、養育者との健全な愛着関係が形成されず、それにより、自己肯定感や他者への信頼感を持つことが難しくなります。このような愛着スタイルの病理も、養育環境が要因とされる複雑性PTSDの場合に多く見られ、発達性トラウマ障害と呼ばれることもあります。

〇誤診の多さについて

感情コントロールが難しく、人間関係を築いたり維持したりすることが難しいという特徴から、複雑性PTSDは、双極性障害や不安障害、境界性パーソナリティー障害などと誤診されることが多いです。

複雑性PTSDの治療方法

複雑性PTSDの治療には、PTSDと同様に、認知行動療法をベースとした持続エクスポージャー法や、認知処理療法、TF-CBT(トラウマフォーカスト認知行動療法)、あるいはTFT(思考場療法)やソマティック・エクスペリエンシング(SE)、EMDRなど、身体への働きかけや眼球運動を用いたものがあります。また複雑性PTSDに特化した治療法としてはSTAIRナラティブ療法があります。感情調整や対人関係の練習と、暴露療法(安全な環境であえて不安な状況を思い出し、慣れていく療法)であるナラティブ療法を組み合わせたもので、米国で開発された治療法ですが、日本人の患者にも効果があることが確認されました。抗精神病薬や気分調整薬を中心とした少量治療の薬物療法も効果的とされています。

〇自分でできるケア

複雑性PTSDからの回復においても、PTSDや他の精神疾患と同様、現在の生活のストレスを減らしたり、運動やリラックスの時間を取り入れることが有効とされています。PTSDやレジリエンスのページを合わせてご覧ください。

〇複雑性PTSDと関連するキーワード

‐発達性トラウマ障害

 子ども期に受けた虐待やネグレクトによって、愛着障害と複雑性PTSDの重なった症状が現れる状態。愛着障害により、注意欠陥や共感性の低さなど、発達障害に似た特性を持つことがあります。

‐ACE(小児期逆境体験)

 虐待やネグレクト、養育者の精神疾患やアルコール等の物質依存、DVの目撃、養育者との死別や離別、家族の精神疾患や服役などの子ども時代の主に家庭内での逆境体験のこと。こうした体験をたくさんしていると、成人後も身体的な病や、精神病、物質依存等になりやすく、自殺のリスクも高くなることが米国の研究でわかっています。

‐ポリヴェーガル理論

 人の感情に関係する神経系についての理論で、副交感神経の主要な神経である迷走神経が背側迷走神経と腹側迷走神経の二本に分かれていて、進化の最初に発達した背側迷走神経が危機に瀕した際に凍り付き反応を示し、最後に発達した腹側迷走神経が、他者と安全に交流することを可能にしているという考え方です。腹側迷走神経は他の神経系の調整をする役割があり、他者と協調したり、リラックスしてともに過ごすために必要です。ところが成長の過程で虐待などがあると腹側迷走神経が発達しづらく、本来であれば必要のないときに背側迷走神経が働いて凍り付き状態に陥りやすくなるため、成長してからも人に合わせてうまく関わることが難しく、生きづらさを抱えやすいと考えられています。ただし、大人になってからでも適切なケアや治療、安心できる環境で過ごす心地よい時間や、安心できる他者との関係性を築いていくことで時間をかけて腹側迷走神経による社会交流システムを働かせることができるようになるとも言われています。

参考文献・参考サイト

・「心的外傷と回復〈増補版〉」(ジュディス・L・ハーマン,みすず書房,1999年)

・「発達性トラウマ障害と、複雑性PTSDの治療」(杉山登志郎著,誠信書房,2019)

・「複雑性PTSDの臨床実践ガイド トラウマ焦点化治療の活用と工夫」(飛鳥井望編,日本評論社,2021)

・「なぜ私は凍りついたのか ポリヴェーガル理論で読み解く性暴力と癒し」(花丘ちぐさ編著,春秋社,2021)

・「ACEサバイバー‐子ども期の逆境に苦しむ人々」(三谷はるよ著,ちくま新書,2023年)

・国立精神・神経医療研究センター「複雑性PTSD治療前進へ ~心理療法(STAIR Narrative Therapy)の成果~