はじめに

「人と親密になるのが怖い」「見捨てられることばかり考えてしまう」「人に頼ることができない」——こうした対人関係の生きづらさの背景には、愛着(アタッチメント)の問題が関わっていることがあります。

愛着障害という言葉は広く知られるようになりましたが、「そもそも愛着とは何か」「なぜ幼い頃の関係が、大人になっても影響するのか」までは、あまり知られていません。この記事では、愛着研究の出発点であるジョン・ボウルビィの理論から順にたどり、虐待を経験した人にとっての愛着の問題と、回復の方向性について解説します。

ボウルビィの愛着理論とは

ジョン・ボウルビィについて

ジョン・ボウルビィ(1907〜1990)は、イギリスの精神科医・精神分析家で、愛着理論の創始者として知られています。第二次世界大戦後、WHO(世界保健機関)の依頼で、親と離れて施設などで育つ子どもたちの心身の発達について調査を行い、乳幼児期に特定の養育者との安定した関係が欠けると、その後の心の発達に深刻な影響が出うることを指摘しました。

愛着とは「危機のときに近づいて、安心を得る」仕組み

ボウルビィは、愛着を単なる「情の深さ」ではなく、人間に生まれつき備わった生存のための仕組みとして捉えました。

乳幼児は、不安や恐怖を感じたとき、泣く・しがみつく・後を追うといった行動で養育者に近づこうとします(愛着行動)。そして養育者に安心させてもらうことで、落ち着きを取り戻します。この「怖いときに頼れば、守ってもらえる」という経験の積み重ねが、愛着の土台になります。

安全基地という考え方

養育者が「安全基地」として機能していると、子どもは安心して外の世界を探索し、不安になったらまた戻ってくることができます。この「行って、戻る」の往復が、自立と社会性の発達を支えるとされます。

逆に、頼ろうとしても拒絶される、反応が気まぐれである、あるいは頼るべき相手自身が恐怖の源になっている場合、子どもは安全基地を持てないまま育つことになります。

内的ワーキングモデル

ボウルビィの理論で特に重要なのが「内的ワーキングモデル」という概念です。幼い頃の養育者との関係を通じて、子どもは次のような「心の中の設計図」をつくっていくとされます。

  • 自分は助けを求めてよい存在か(自己イメージ)
  • 他人は頼れる存在か、それとも危険な存在か(他者イメージ)

この設計図は無意識のうちに、大人になってからの恋愛・友人関係・職場の人間関係にも影響を与え続けます。「人間関係のパターンが繰り返されてしまう」と感じる背景には、こうした仕組みがあると考えられています。

愛着の4つのタイプ(エインズワースの研究)

ボウルビィの共同研究者であるメアリー・エインズワースは、乳幼児の観察実験を通じて、愛着のパターンを分類しました。のちに、4つ目のタイプが追加されています。

タイプ特徴
安定型養育者を安全基地として使える。離れると不安になるが、戻ると落ち着く
回避型不安があっても養育者に近づこうとせず、感情を抑え込む
アンビバレント型(不安型)養育者を求める一方で、近づくと怒りや抵抗を示す。見捨てられ不安が強い
無秩序・無方向型近づきたいのに怖い、という矛盾した行動を示す。虐待など、養育者が恐怖の源になる場合に多いとされる

最後の無秩序・無方向型は、虐待を経験した人の愛着を理解するうえで特に重要です。「頼りたい相手が、同時に自分を傷つける相手でもある」という、逃げ場のない矛盾を抱えた状態を表しているからです。

DSMにおける「愛着障害」:2つの診断

ここまでの「愛着のタイプ」は、誰にでもある個人差の範囲を示すものです。それに対して、診断名としての愛着障害は、より深刻な状態を指します。

「愛着障害」という言葉は日常的に広く使われますが、精神疾患の診断基準であるDSM-5-TR(米国精神医学会)では、愛着に関連する診断として次の2つが定められています。どちらも「心的外傷およびストレス因関連障害群」に分類されています。

  • 反応性アタッチメント障害(RAD)
  • 脱抑制型対人交流障害(DSED)

以前のDSM-IVでは、この2つは「反応性愛着障害」という1つの診断の中の「抑制型」と「脱抑制型」というタイプでした。DSM-5以降は、症状の現れ方も経過も異なることから、別々の診断として分けられています。

2つに共通する前提:極端に不十分な養育

どちらの診断にも、「極端に不十分な養育」を経験していることが条件として含まれます。具体的には、次のうち少なくとも1つに当てはまる必要があります。

  • 慰め・刺激・愛情といった基本的な情緒的欲求が、養育者から持続的に満たされない(社会的なネグレクトや剥奪)
  • 主たる養育者が頻繁に変わり、安定した愛着を築く機会が限られる(里親委託がたびたび変わるなど)
  • 養育者1人あたりの子どもの数が非常に多い施設など、特定の相手と愛着を築く機会が極端に制限される環境での養育

さらに、その養育が症状の原因であると考えられること、発達年齢が少なくとも9か月以上であることが求められます。

反応性アタッチメント障害(RAD)

養育者に対して、抑制的で感情的に引きこもった行動が一貫して見られる状態です。次の両方が当てはまります。

  • つらいときに、養育者に慰めを求めることがほとんどない
  • 慰められても、ほとんど反応しない

これに加えて、次のうち2つ以上が見られます。

  • 他者への社会的・情緒的な反応が乏しい
  • 前向きな感情の表れが限られている
  • 危険のない、穏やかな場面でも、理由のわからないいらだち・悲しみ・恐れが現れる

そのほかの条件として、自閉スペクトラム症の基準を満たさないこと、5歳以前から症状が明らかであることが挙げられます。症状が12か月以上続く場合は「持続型」、すべての症状が比較的高い水準で現れている場合は「重度」と特定されます。

脱抑制型対人交流障害(DSED)

見慣れない大人に対して、自分から積極的に近づき、関わろうとする行動パターンがあり、次の4つのうち2つ以上が見られます。

  • 見慣れない大人に近づくときのためらいや人見知りが、少ないか、ほとんどない
  • 年齢や文化的な社会的境界を超えた、過度になれなれしい言動や身体的な接触がある
  • 慣れない場所で養育者から離れても、振り返って確認することが少ないか、ほとんどない
  • 見知らぬ大人についていくことに、ためらいがほとんどない

これらの行動は、ADHDのような衝動性だけでは説明できず、社会的な脱抑制を含むものでなければなりません。また、反応性アタッチメント障害と同じく、症状が12か月以上続く場合は「持続型」、すべての症状が比較的高い水準で現れている場合は「重度」と特定されます。

2つの違い

反応性アタッチメント障害脱抑制型対人交流障害
行動の方向人を避け、感情を引っ込める(抑制)誰にでも近づき、距離が近すぎる(脱抑制)
養育者との関係慰めを求めず、慰められても反応しない養育者のもとに戻って確認することが少ない
見知らぬ大人への態度警戒的・引きこもり的ためらいが少なく、ついていくこともある
区別が必要な状態自閉スペクトラム症ADHDなどの衝動性

診断について知っておきたいこと

  • これらは子どもの診断名です。 DSMに、大人を対象とした「愛着障害」という診断名はありません。大人の生きづらさが「愛着の問題」と表現されることはありますが、診断としては別の名前で説明されることもあります。
  • 虐待やネグレクトを受けたすべての子どもが、これらに当てはまるわけではありません。 DSMでは、これらの障害は比較的まれなものとされており、深刻なネグレクトを経験した子どものうちでも、診断基準を満たすのは一部にとどまるとされています。
  • 診断は専門家が総合的に行います。 行動の観察や養育の経過、自閉スペクトラム症・ADHDなど他の可能性との見分けを含めて判断するため、チェックリストだけで自分や周囲の人に当てはめることは避けてください。

大人になってからの影響

愛着の問題は、大人になってからも次のような形で現れることが知られています。

  • 見捨てられ不安が強い:恋人やパートナーに過度に依存したり、相手を試すような言動をとってしまう
  • 人との距離感がつかめない:親密になることを避けたり、逆に急速に距離を詰めすぎてしまう
  • 自己肯定感の低さ:「自分は愛される価値がない」という感覚を強く持ちやすい
  • 感情調整の困難:些細なことで強い不安や怒りが湧き、自分でもコントロールが難しい
  • 信頼関係の構築が難しい:人を信じることに強い抵抗があり、助けを求められない

虐待経験との関係

虐待を受けて育った場合、養育者は本来「安心を与えてくれる存在」であるはずが、同時に「恐怖の対象」でもあるという矛盾した状況に置かれます。ボウルビィの理論に沿って言えば、「危機のときに近づく相手」と「危機をもたらす相手」が同一人物であるという、解決のしようがない状況です。

この矛盾は、愛着形成に大きな影響を与え、複雑性PTSDや解離性障害と合わせて現れることも少なくありません。

ただし、愛着の問題が「親の愛情不足」だけで説明できるわけではない点には注意が必要です。子どもの特性と養育者のかかわりとの相性、周囲の支援の有無、きょうだいや他の大人との関係など、さまざまな要因が重なって生じるものであり、「親のせい」「自分のせい」と単純に決めつけることは、かえって回復の妨げになることがあります。


回復のためにできること

愛着の問題は、生まれつきの性格ではなく、関係の中で形づくられた「パターン」です。そして、研究の世界では、幼少期に不安定な愛着を経験した人でも、その後の安定した関係を通じて、安定した愛着のあり方を後から身につけていくことがありうる(獲得された安定)と考えられています。

  • トラウマや愛着に詳しいカウンセラー・心理士に相談する
  • 安心して自分の感情を話せる相手や場所を見つける(専門家だけでなく、信頼できる友人やパートナー、自助グループも含みます)
  • 自分の対人関係のパターンに気づき、言語化してみる
  • 「今のパターンには理由がある」と知り、自分を責めすぎない

回復には時間がかかることも多いですが、「自分の反応には、生き延びるための理由があった」と理解することが、最初の一歩になります。

相談先について

愛着の問題に詳しい専門機関での心理療法(愛着に着目したアプローチや、トラウマインフォームドケアを行う医療機関など)を受けることが有効とされています。ひとりで抱え込まず、専門家のサポートを受けることを検討してみてください。

参考文献

  • J.ボウルビィ『母子関係の理論』(岩崎学術出版社)
  • Ainsworth, M. D. S., Blehar, M. C., Waters, E., & Wall, S. N. (2015). Patterns of attachment: A psychological study of the strange situation. Routledge. https://doi.org/10.4324/9780203758045
  • American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR). 2022.

本記事は一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断を行うものではありません。気になる症状がある場合は、精神科・心療内科などの専門機関にご相談ください。