もくじ
TFT(:Thought Field Therapy、思考場療法)は、ストレスケア方法のひとつ
TFTは、ロジャー・キャラハン(Callahan, R. 1925-2013)が1970年代末に発見した心理療法です(1)。症状や問題に注目して、手順に従っていくつかのつぼを指でタッピング(つぼトントン)していきます。対症療法的で便利な方法として知られています。
信頼性はあるの?
研究によってTFTが、PTSDやうつに関連する、扁桃体(脳の部位)の活動を正常化することなどが示されています。米国政府機関(NREPP)にエビデンス登録されていることからも、信頼性のある治療法だといえます(2)。(一部では、本当に効果がある方法なのか(プラシーボ効果ではないか)といった議論もありました。(3))
実際には、国内外で広い範囲の専門家(医師や心理師(心理士)や教員など)が臨床にとりいれています。
どんな問題に効果があるの?
・個人のレジリエンス(心理的抵抗力/回復力)/自己概念/自律
・一般的な機能と健康
・トラウマ・ストレス関連の障害と症状
・抑うつとうつ症状
・恐怖症、パニック、全般性不安障害よその症状
・特定不能及びその他のメンタルヘルスの障害と症状
(参考) TFTとは?|日本TFT協会 (4)
具体的には、フラッシュバック(後述)が起きたとき、なにか不安な気持ちがあるとき、体が痛いとき、イライラするとき、自分を責めてしまうときなどにおすすめです。(こちら(TFTが役立つ場面)(5)もご覧ください。)
特徴は?
・副作用がない
・1人で行うことができる(セルフマネジメントにも有効)
・早くてわずか数分で症状が軽減される(即効性)
・手順が簡単
・問題(治療)対象が広い
・赤ちゃんからお年寄り、動物にも行える
(参考) TFTとは?|日本TFT協会(4)
疼痛や身体症状など、広い範囲の問題をターゲットにできるため、がんや難病、HIVなどの症状や、それらにかかわる心理的問題にも有効です(2)。プロスポーツ選手が使用していたり、乗り物の中、仕事中でも用いることができます。
具体的な手順は、一般社団法人日本TFT協会のページ(ストレスケアの手順)(6)で紹介されています。
(協会のページには他にもたくさんの種類の動画が紹介されています。)
TFT(思考場療法)の考え方
「思考」「感情」「身体」のエネルギーの方向性を重視する
(エネルギー心理学の考え方)
私たちの体は常に健康に向かいたい、回復したい、治癒に向かいたいという自然の方向性があると考えられています(ケガや風邪の自己治癒の機能として理解できます)(4)。これがその方向へ向いていないとき、向かおうとしてもどこかでブロックされてしまうとき、方向性を見失っているときなどの状況の事を、心理的逆転と呼びます(2)。
メンタルヘルスに困難がある人の中に、心理的逆転(特に、治りたいという気持ちと同時に治りたくないという気持ち)が生じることは珍しくありません(7)。TFTでは、このエネルギーの方向のズレを自然の方向に導き、過剰なエネルギーを解放したり、不足しているエネルギーを補うことで、エネルギーの混乱を正常化します(2)。
詳しくは日本TFT協会のページ(4)をご覧ください。
TFTは、トラウマ処理法としても知られる
トラウマとは
個人が持っている対処法では対処することができないような、圧倒的な体験をすることによって被る、著しい心理的ストレス(心的外傷)のことです(8)。
トラウマの原因になるようなできごと
・戦争/人為災害/自然災害およびそれに関連した身体的外傷
・虐待
・いじめ
・暴力や犯罪被害:通り魔・誘拐・監禁・リンチ・暴力の目撃など
・交通事故:自動車・鉄道・飛行機事故など
・レイプなどの性被害・年齢不相応な性的体験への曝露など
・重い病気・やけど・骨髄移植など
・家族や友人の死の直接的な体験。その他の喪失体験など
(参考:子どものトラウマ診療ガイドライン(8))
また、トラウマは、性質の違いによって2種類にわけることができるといわれています。
単回性トラウマ…一回または短期間の外傷体験によるもの
複雑性トラウマ…複数回または長期間に渡る外傷体験によるもの
(引用:堀田 洋 (2019). (9))
子ども虐待は、複雑性トラウマの側面が強いとされています。そしてこの複雑性トラウマは、後の人生に大きな影響を及ぼすと考えられています。
フラッシュバック(侵入症状)とは?
トラウマによって起きる症状には、侵入症状、回避症状、認知と気分の陰性の変化、覚醒度と反応性の著しい変化、があげられますが(詳しくは日本トラウマティック・ストレス学会(10)を参照)、
特に「フラッシュバック」として知られているのが、侵入症状です。トラウマとなったできごとに関する不快で苦痛な記憶が突然蘇ってきたり、悪夢として反復されます。また思い出したときに気持ちが動揺したり、身体生理的反応(動悸や発汗)を伴います。
さらに、トラウマ体験によって引き起こされる感情が、あまりにも強すぎる場合は、解離というメカニズムを使って、子どもは自分を守ろうとすると考えられています。性的虐待や身体的虐待などのトラウマを体験した子どもたちの19~73%に解離性障害が認められるとされています(8)。
他にも、非常に多くの症状が確認されていて、以下に挙げた疾患の症状と類似しています。
気分障害、パニック障害、分離不安障害など
自傷や自殺関連の問題
アルコールや物質乱用・依存
注意欠如/多動性障害(ADHD)
反抗挑戦性障害や素行障害
摂食障害
学習障害や知的障害 など
(参考:子どものトラウマ診療ガイドライン(8))
このような病態は併存することが多いので、トラウマ体験が明らかになっていない場合や、トラウマ体験から長い時間を経過している場合は、トラウマ体験との関連に気付きにくいこともあるため。注意が必要です。
近年ではこれらの症状を統合した概念である「複雑性PTSD」がICD-11(国際疾病分類)に追加されるなど、比較的新しい概念も広がっています(11)。(既存の病態を見逃す可能性も指摘されており、議論のある部分です。)
※トラウマに関連して、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が知られていますが、これは医学的な診断の場における診断名であり、トラウマという広い概念よりも狭い範囲を指します。下にあるものが、PTSD(および急性ストレス障害)の定義です。
PTSD…トラウマによって起きる症状が1か月以上持続し、それにより顕著な苦痛感や、社会生活や日常生活の機能に支障をきたしている場合
急性ストレス障害…トラウマ体験から4週間以内の場合
詳しい診断基準は、DSM-5やガイドラインを参照してください(参考:DSM-5病名・用語翻訳ガイドライン(12))
トラウマ治療
トラウマ体験に対しては、体験した年齢やトラウマの程度によって、薬物療法や心理療法(精神療法)が必要とされています。
精神療法や心理療法には、傾聴型(ロジャーズに代表される方法)に分類できるものが多いと考えられます。しかし、トラウマ治療の場合には、傾聴型の療法には効果が出ない、もしくは悪化をさせてしまうことが多いことがわかってきています(7)。
そこで重視されているのが、トラウマ処理という特殊な療法です。TFTはトラウマ処理法のひとつとしても知られています。
他のトラウマ処理法と注意点
代表的なトラウマの処理法には、以下のものがあります。
…主に認知・行動療法に基づき、症状をコントロールする
PTSDに対する短期折衷精神療法
PTSDに対する認知療法
認知処理療法
人生叙述による暴露療法
持続エクスポージャー療法
感情調整と対人関係調製スキルトレーニング―ナラティブ療法
トラウマフォーカスト認知行動療法
…身体が持つ自然な治癒メカニズムに働きかける
眼球運動による脱感作と再処理法
パルサーを用いた簡易型トラウマ療法
自我状態療法
ホログラフィー・トーク
ボディ・コネクト・セラピー
ブレイン・スポッティング
ソマティック・エクスペリエンス
TFT(思考場療法)
(引用:篠崎 志美 (2019). (13) )
この他にも、ヨーガ、ニューロフィードバック、演劇による治療など、様々な治療法が提案されています(14)。
しかし、これらの治療法の中には、実際のトラウマ体験を思い出しながら行うものも多く、心理的負担が非常に大きいため、1人で行うのは危険です。基本的にはその治療法を学んだ専門家と一緒に行うようにしましょう。
その点でTFTは、トラウマ体験を思い出す必要がなく、副作用もないため、安全性の高い治療法だといえます。
※徐反応(無意識の中に抑圧されていた過去の不安等が再現され,その時の情動が激しい形で表現されること)のほとんどない治療法としては、手動処理(杉山)(9)もよく知られています。
TFTを取り入れてみよう
TFTをもっと知りたい方へー参考書籍ー
TFT協会が公開しているTFT(思考場療法)図書室にて、関連する書籍をみることができます。ここでは特に、子ども虐待によるトラウマに関連する書籍をご紹介します。
手軽に知りたい方へ
『親の脳を癒やせば子どもの脳は変わる (NHK出版新書)』(友田明美)の感想(6レビュー) – ブクログ (booklog.jp)
より専門的に知りたい方へ
『発達性トラウマ障害のすべて (こころの科学増刊)』(杉山 登志郎)の感想(2レビュー) – ブクログ (booklog.jp)
『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』(杉山登志郎)の感想(5レビュー) – ブクログ (booklog.jp)
引用文献・参考文献
(1) キャラハン博士より|日本TFT協会(最終閲覧日:2020年11月29日)
(2) 森川 綾女 (2019). つぼトントン―TFT (思考場療法) による治療 杉山 登志郎 (編) 発達性トラウマ障害のすべて (pp. 63-69) 日本評論社
(3) Spiegel, A. (2006). Unorthodox Therapy in New Orleans Raises Concern (最終閲覧日:2020年11月18日)
(4) TFTとは|一般社団法人日本TFT協会(最終閲覧日:2020年11月18日)
(5) TFTが役立つ場面|一般社団法人日本TFT協会(最終閲覧日:2020年11月30日)
(6) ストレスケアの手順|一般社団法人日本TFT協会(最終閲覧日:2020年11月30日)
(7) 杉山 登志郎 (2019). トラウマ処理総論 杉山 登志郎 (編) 発達性トラウマ障害のすべて (pp. 29-37) 日本評論社
(8) 子どものトラウマ診療ガイドライン (2019) 国立成育医療研究センター こころの診療部(最終閲覧日:2020年11月18日)
(9) 堀田 洋 (2019). 簡易型トラウマ処理による治療 杉山 登志郎 (編) 発達性トラウマ障害のすべて (pp. 38-46) 日本評論社
(10) PTSDとは|日本トラウマティック・ストレス学会(最終閲覧日:2020年11月18日)
(11) 牧野 拓也・鈴木 太・上村 拓 (2019). 複雑性PTSD 杉山 登志郎 (編) 発達性トラウマ障害のすべて (pp. 24-28) 日本評論社
(12) DSM-5病名・用語翻訳ガイドライン|公益社団法人 日本精神神経学会 (jspn.or.jp)(最終閲覧日:11月30日)
(13) 篠崎 志美 (2019). トラウマ臨床をはじめる諸学者臨床家のために 杉山 登志郎 (編) 発達性トラウマ障害のすべて (pp. 120-126) 日本評論社
(14) van der Kolk, B. (2014). The Body Keeps the Score: Mind, Brain and Body in the Healing of Trauma. Penguin Books. (柴田 裕之 (訳) (2014). 『身体はトラウマを記録する―脳・心・体のつながりと回復のための手法』 紀伊國屋書店)